生薬について
漢方薬に使う薬草
写真・解説:山岸 喬 北見工業大学 名誉教授
アンズ バラ科 生薬名:杏仁(きょうにん)
アンズは中国山東省、山西省、河北省付近が原産地で、紀元前1~2世紀に中央アジアへ、紀元1世紀にはギリシャ、イタリアへ渡り、南ヨーロッパで品種改良された。日本にはかなり古い時代に薬用の目的で入ってきた。杏仁が配合された漢方処方に、神秘湯(しんぴとう)、続命湯(ぞくめいとう)、麻黄湯(まおうとう)、麻杏甘石湯(まきょうかんせきとう)、麻杏薏甘湯(まきょうよくかんとう)、麻子仁丸(ましにんがん)などがある。
Prunus armeniaca L. (Rosaceae)
生薬:杏仁
オウレン キンポウゲ科 生薬名:黄連(おうれん)
オウレンには早春に咲くキクバオウレンやセリバオウレン、5~8月に咲くミツバノバイカオウレン、8~9月に咲くミツバオウレンなどがある。生薬としてはキクバオウレン及びセリバオウレンが使用されている。漢方処方の三黄瀉心湯(さんおうしゃしんとう)、半夏瀉心湯(はんげしゃしんとう)、黄連解毒湯(おうれんげどくとう)に配合され、胸苦しさ、精神不安、心窩部のつかえなどに用いる。
Coptis japonica (Thunb.) Makino var. anemonifolia (Siebold et Zucc.) H.Ohba (Ranunculaceae)
生薬:黄連
オオバナオケラ キク科 生薬名:白朮(びゃくじゅつ)
中国に分布し、山地の斜面、低木林の林内、林縁に生える多年草。根茎は肥厚し、拳状で茎の頂に紫紅色の筒状花だけの頭花を単生する。日本のオケラに比べると大きな頭状花が咲く。国内の薬草園で栽培されている。白朮には健胃作用や利水作用があり、漢方処方の沢瀉湯(たくしゃとう)、苓桂朮甘湯(りょうけいじゅつかんとう)、香砂六君子湯(こうしゃりっくんしとう)などに配合されている。
Atractylodes ovata DC. (Compositae)
生薬:白朮
オオムギ イネ科 生薬名:麦芽(ばくが)
オオムギの発芽した頴果(えいか:種子)を乾燥したものが麦芽。種子中にはアミラーゼが多量に含まれていて、発芽時に活性化される。この時に種子中の澱粉質が糖化され麦芽糖が生成される。発芽させ乾燥すると貯蔵が可能になり、生薬の麦芽ができる。漢方では、加味平胃散(かみへいいさん)、半夏白朮天麻湯(はんげびゃくじゅつてんまとう)などに配合される。消食、健胃の効能があり、消化不良や食欲不振、腹部膨満感、嘔吐、下痢などに用いる。
Hordeum vulgare L.
生薬:麦芽
カキ カキノキ科 生薬名:柿蒂(してい)
カキは中国において紀元前から果樹として栽培されていたが、日本には奈良時代(8世紀)頃に伝来して、栽培が始まったと考えられている。東アジア温帯に分布し、主に中国中北部、朝鮮半島、日本で古くから栽培されてきた。漢方処方では丁子と配合した柿蒂湯(していとう)、丁香柿蒂湯(ちょうかしていとう)などがあり、胃を温め、気持ちを落ち着け、しゃっくりを止める作用がある。
Diospyros kaki Thunb.
生薬:柿蒂
キキョウ キキョウ科 生薬名:桔梗(ききょう)
山野の日当たりの良い所に育つ。日本全土、朝鮮半島、中国、東シベリアに分布する。根はサポニンを多く含み生薬として利用される。消炎排膿薬、鎮咳去痰薬などに使われる。桔梗が配合された漢方処方に、荊防敗毒散(けいぼうはいどくさん)、十味敗毒湯(じゅうみはいどくとう)、排膿散及湯(はいのうさんきゅうとう)、清上防風湯(せいじょうぼうふうとう)、柴胡清肝湯(さいこせいかんとう)、防風通聖散(ぼうふうつうしょうさん)、参蘇飲(じんそいん)などがある。
Platycodon grandifl orus A.De Candolle (Campanulaceae)
生薬:桔梗
キハダ ミカン科 生薬名:黄柏(おうばく)
ミカン科の高木で、樹皮をコルク層から剥ぎ取り、乾燥させると生薬の黄柏となる。黄柏にはベルベリンを始めとする薬用成分が含まれ、強い抗菌作用を持つ。消炎、健胃、清熱、解毒などの効能があり、下痢、腹痛、黄疸、湿疹、腫れ物などに用いる。日本各地に黄柏を主成分とする家伝薬があり、陀羅尼助(だらにすけ:奈良県)、お百草(信州)、練熊(ねりくま:山陰)などが有名。漢方では黄連解毒湯(おうれんげどくとう)、柴胡清肝湯(さいこせいかんとう)、温清飲(うんせいいん)、荊芥連翹湯(けいがいれんぎょうとう)などに配合される。
Phellodendron amurense Ruprecht
生薬:黄柏
クチナシ アカネ科 生薬名:山梔子(さんしし)
クチナシはアカネ科の常緑低木である。東アジア(中国、台湾、インドシナ半島等)に分布し、日本では本州の静岡県以西、四国、九州、南西諸島の森林に自生するが、園芸用として栽培されることが多い。果実にはカロチノイドのクロシンが含まれ、黄色の着色料として用いられる。発酵すると青色になる。繊維を染める他、食品着色にも用いられる。果実が漢方薬の原料(山梔子)となり、黄連解毒湯(おうれんげどくとう)、竜胆瀉肝湯(りゅうたんしゃかんとう)、温清飲(うんせいいん)、五淋散(ごりんさん)などの漢方方剤に使われる。
Gardenia jasminoides Ellis f.grandifl ora Makino
生薬:山梔子
コブシ モクレン科 生薬名:辛夷(しんい)
辛夷はモクレン科の植物の蕾を早春に採集して乾燥したものであるが、産地によって基原植物が違っている。日本産の場合はタムシバやコブシで中国産はハクモクレンやコブシの近縁種が使われている。辛夷は鎮静、鎮痛、消炎作用があり、頭痛、めまい、頭重感、鼻炎、鼻詰まり、蓄膿などに効果がある。漢方処方に葛根湯加辛夷川芎(かっこんとうかしんいせんきゅう)、辛夷清肺湯(しんいせいはいとう)、辛夷散(しんいさん)などがある。
Magnolia kobus DC
生薬:辛夷
サクラ(ヤマザクラ) バラ科 生薬名:桜皮(おうひ)
日本にはサクラ属(Prunus 属)は15種が自生し、10種が栽培されている。しかし、園芸品種は数百種類以上ある。薬用にされるサクラはこの中でヤマザクラとその近縁種である。桜皮は中国では使われていないことから、古い時代の漢方処方に使われていない。しかし、江戸時代に考案された人参敗毒散(にんじんはいどくさん)の変方の十味敗毒湯(じゅうみはいどくとう)に桜皮が用いられる。効能として排膿を促進、解毒、解熱作用があり、急性胃炎、生もの中毒、蕁麻疹、打撲、できものなどに使う。
Prunus jamasakura Sieb. ex Koidz.
生薬:桜皮
サンザシ バラ科 生薬名:山楂子(さんざし)
中国中南部原産で、日本では庭木、盆栽として植栽される落葉低木。春には白い花を咲かせ、秋には鮮やかな赤い実をつけることから、庭木として人気がある。秋に果実を収穫して、乾燥したものが山楂子、実から種子を除いて日干しで乾燥したものが、山楂肉で果実酒、煮込んでお茶のようにして飲む。漢方では加味平胃散(かみへいいさん)、疝気方(せんきほう)などに配合され、消化不良、飲食積滞(いんしょくせきたい)、胸腹痞満(きょうふくひまん)、疝気、月経痛、産後の瘀阻(おそ)に使う。
Crataegus cuneata Sieb.et Zucc.
生薬:山楂子
サンシュユ ミズキ科 生薬名:山茱萸(さんしゅゆ)
朝鮮半島中部原産のミズキ科の小高木で、江戸時代に日本に持ち込まれ、観賞用に庭園、公園などに植栽されている。葉が出る前の早春に黄色い小さな花を散形花序状につける。秋には紅熟する果実をつけ、果実から種子を除いて乾燥した果肉が生薬の山茱萸である。漢方では滋養強壮、収斂薬として、牛車腎気丸(ごしゃじんきがん)、八味地黄丸(はちみじおうがん)等に使われる。
Cornus offi cinalis Sieb. et Zucc.
生薬:山茱萸
シソ シソ科 生薬名:紫蘇葉(しそよう)
ヒマラヤやミャンマー、中国などが原産。日本には中国から伝わったとされている。一年草で、高さ1メートル程になる。葉は広卵形で先端は尖り、緑色または赤みを帯びる。白から紫色の花を多数つける。紫蘇の実は食用にも使うが、漢方では紫蘇子として喘痰に使い、蘇子降気湯(そしこうきとう)に配合する。葉は感冒や精神症状によいとされ、漢方処方では藿香正気散(かっこうしょうきさん)、半夏厚朴湯(はんげこうぼくとう)、香蘇散(こうそさん)などに配合して使う。
Perilla frutescens var. crispa
生薬:紫蘇葉
ジャノヒゲ ユリ科 生薬名:麦門冬(ばくもんどう)
中国、朝鮮半島、日本に分布し、日本各地の山林の陰に自生、また庭園に栽植される。短い根茎から多数の細長い根を生じ、根には紡錘状に肥厚した部分がところどころにある。7~8月にまばらな総状花序に淡紫色又は白色の小花を付ける。種子は濃青色である。塊根から調製した麦門冬は『神農本草経』の上品に収録され、漢方の要薬である。鎮咳去痰薬とみなされる処方に多く配合されている。温経湯(うんけいとう)、滋陰降火湯(じいんこうかとう)、辛夷清肺湯(しんいせいはいとう)、清心蓮子飲(せいしんれんしいん)、麦門冬湯(ばくもんどうとう)、味麦地黄丸(みばくじおうがん)などの処方がある。
Ophiopogon japonicus Ker-Gawler (Liliaceae)
生薬:麦門冬
スイカズラ スイカズラ科 生薬名:金銀花(きんぎんか)
北海道から九州、朝鮮半島、中国に分布。林縁、兵陵地などに普通に生えるつる性の常緑低木。葉腋に芳香のある花が2個ずつ並んで付き、しばしば枝先で穂状になる。葉は忍冬、花は金銀花として、茶剤として良く使われる。忍冬は解熱、消炎、利尿薬として、化膿症、浄血、関節炎などに用いられる。金銀花も関節痛、解熱などに煎じて服用する。漢方では銀翹散(ぎんぎょうさん)、荊防敗毒散(けいぼうはいどくさん)などに配合され、主に解熱、解毒、風邪の初期の発熱に用いる。
Lonicera japonica Thunb.
生薬:金銀花
スモモ バラ科 生薬名:李根皮(りこんぴ)
中国揚子江沿岸地方原産、バラ科サクラ属の落葉小高木。樹高は約10メートルになり、枝は多数分枝して、横に広がる。スモモは古事記や日本書紀にも名がでてくることから、古い時代から日本でも栽培されていた。李根皮が配合された漢方処方に、定悸飲(ていきいん)、奔豚湯(ほんとんとう)などがある。
Prunus salicina Lindl. (Rosaceae)
生薬:李根皮
ダイダイ ミカン科 生薬名:枳実(きじつ)
ダイダイは中国、日本で栽培されている。果実を乾燥させたものが、枳実、枳殻であるが、ダイダイ以外のミカンの仲間の果実も使われていることがある。芳香性苦味健胃として、胸腹部の膨満感を去る目的で、胸満、腹満、腹痛などに用いる。温胆湯(うんたんとう)、五積散(ごしゃくさん)、分消湯(ぶんしょうとう)、荊芥連翹湯(けいがいれんぎょうとう)、荊防敗毒散(けいぼうはいどくさん)、通導散(つうどうさん)などに配合される。
Citrus aurantium L.
生薬:枳殻、枳実
ハス スイレン科 生薬名:蓮肉(れんにく)
原産地はインドとその周辺。地下茎から水面に葉を出す。草高は約1メートル。茎に通気のための穴が通っている。地下茎は蓮根として食用になる。果実(種子)にでん粉が豊富で、生食される。乾燥したものが蓮肉で生薬として使われる。蓮肉が配合された漢方処方に、参苓白朮散(じんりょうびゃくじゅつさん)、清心蓮子飲(せいしんれんしいん)などがある。
Nelumbo nucifera Gaertner (Nymphaeaceae)
生薬:蓮肉
ビワ バラ科 生薬名:枇杷葉(びわよう)
中国中南部原産といわれ、日本では関東以西で果樹として栽培される常緑の高木。葉は有柄で枝に互生して、肉質で表面は無毛で光沢があり、裏面は薄緑で綿毛が多い。花は11月から1月にかけて咲くが、芳香がある。葉を乾燥しながら裏の毛を除いたものが、生薬の枇杷葉である。枇杷葉には香気成分が多く、浴用剤としても使われる。漢方では辛夷清肺湯(しんいせいはいとう)、甘露飲(かんろいん)などに配合され、肺に炎症がある人や、胃腸を整えるのに用いる。
Eriobotrya japonica Lindl.
生薬:枇杷葉
ホソバオケラ キク科 生薬名:蒼朮(そうじゅつ)
中国、日本に分布し、高さ30~60センチの多年草で、葉は細長く先が尖り、秋に白色の花をつける。乾燥した根茎を生薬の蒼朮として用いる。しばしば白色綿状の結晶を析出し、特異なにおいがあり、味はわずかに苦い。漢方では加味平胃散(かみへいいさん)、桂枝加朮附湯(けいしかじゅつぶとう)、五積散(ごしゃくさん)、柴苓湯(さいれいとう)、消風散(しょうふうさん)、清上蠲痛湯(せいじょうけんつうとう)、疎経活血湯(そけいかっけつとう)、平胃散(へいいさん)などに配合する。主な効能として健胃整腸、利尿、発汗、止痛などがある。
Atractylodes lancea De Candolle
生薬:蒼朮
ボタン ボタン科 生薬名:牡丹皮(ぼたんぴ)
中国北西部が原産で、隋のころに園芸植物として、栽培されるようになった。唐代(7~10世紀)に栽培が大流行。日本には、空海が中国から持ち帰ったといわれているが、当時は深見草や二十日草と呼ばれていた。『神農本草経』の中品に牡丹の名で収録され、主として婦人薬とみなされる処方及びその他の処方に配合されている。漢方では温経湯(うんけいとう)、加味逍遙散(かみしょうようさん)、芎帰調血飲第一加減(きゅうきちょうけついんだいいちかげん)、桂枝茯苓丸(けいしぶくりょうがん)、大黄牡丹皮湯(だいおうぼたんぴとう)、腸癰湯(ちょうようとう)、八味地黄丸(はちみじおうがん)、六味丸(ろくみがん)などがある。
Paeonia suffruticosa Andrews (Paeoniaceae)
生薬:牡丹皮
モモ バラ科 生薬名:桃仁(とうにん)
モモの原産地は中国の黄河上流の西北地域。春に五弁または多重弁の花を咲かせ、夏に水分に富む球形の果実を実らせる。現在、生薬の桃仁は中国(山東省、山西省、河北省など)から輸入されている。漢方処方の桂枝茯苓丸(けいしぶくりょうがん)、甲字湯(こうじとう)、桃核承気湯(とうかくじょうきとう)などに配合され、婦人の疾患 (のぼせ、頭痛、生理痛、下腹部痛など)を改善する。
Prunus persica Batsch (Rosaceae)
生薬:桃仁